東京点描

東京点描

東京を去るというのなら思い出を文字に起こすのもまた一興であろう。いくつか綴ってみようと思う。

ケバブ

東京に越してきて最初に住んだ社宅のあった豊島区某所には外国人が多かった。流石は東京、グローバル化でありますかなどと感嘆していたのも束の間、すぐに慣れた。どうやら肌の浅黒い西~東南アジア系が多いようである。
まもなく引っ越して来て一年ほどのある日、近くにケバブ屋が出来た。店主はトルコ人っぽい、トルコ人である、いやトルコ人であるべきだろう。それまで国籍不詳であった数多の外国人の中で一人彼を国名で以て特殊化したわけである。
真新しい店内の壁沿いに料理場があり、ガラス張りの店先に肉が吊るされている。この手の料理屋は総じて小汚ないからシミひとつないこの店からは奇異な印象を受けた。
しかし開店の日こそ親族であろうか、同じような顔をした一団が屯っていたこの店はその後は閑古鳥が鳴いている。かくいう私もついにいかなかったのであるが。母としばしば我々が社宅を出て新居に向かうのが先か店が潰れるのが先かなどと言っていたがついに我々が去るまで店の様子に変わりはなかった。
それ以来あの店の辿った運命は知らない。まだやっているのだろうか、繁盛しているのか、相変わらず暇をもて余しているのか、はたまた諦めて店を畳んでしまったのか。
私にそれをあえて知ろうとする意志はない。私の記憶の中のあの店主はいつも店先の肉とともに退屈している。